さあ最終日。やり残したことはないか?と自問自答。正直もう帰りたいというのも本音。結局、長期旅行は私には合わなかった。せいぜい10日がいいところか。しかも、すごく行きたくなったら行く!ってことにしないとダメなのかも。逃避しても現実がある。音楽をやっていて、最近は義務感になっていて、逃げたかった。それも本音。でも逃げても解決にはならない。うまく曲が作れないからとか、言い訳ばかりしていた。もっと集中してやるべきなのに。でも集中の仕方もイマイチわからなくなってしまっていた。この無職期間になんとかしようとしていたが、いかんせん、所持金(無職になってからの)の行方が意外なところにかかり、もう大変な状態。今さらながら、会社を辞めたことを少し後悔している。でも会社を辞めていないと更に悪化していたから、この選択はどう考えても間違いではなかった。何度も反芻した。葛藤している矛盾。まあ、やらない後悔よりした後悔だから、私の性格上間違ってはいないから。新しい仕事が落ち着けば、精神的に楽になるはず。と信じている。
独り言終わり。
最後の朝なので、行き当たりばったりで行動してみようかなと判断。とりあえずベンタイン市場まで行く。HATAMというジュエリーショップでドルを換金する。そして汚い札は受け取り拒否されたので、20ドルを478000ドンに換金。やっぱドル強いですね。円は…低評価か。そして9月23日公園まで歩いていく。道すがら、汲み取り車があるのに愕然。昭和だなぁ。もう日本にはないよね…。インフラも整ってる所とそうでないところに格差がありすぎるベトナム。のどかな公園を渡って歩く。平和だ。限りなく平和だ。この贅沢を十分に堪能して日本に帰ろう。そう思える日差しと雰囲気と…。カンボジアから帰ってきたばかりの日に寄ったエッグコーヒーのお店をチラ見する。風も心地よい。日本では5月くらいの気候か。乾期っていいね。さわやかです。湿度もあまりないから洗濯物がすぐ乾く。途中ドリンクスタンドでアイスティーを買う。12000ドン、ローカル価格72円。そして目指すはhuteuフーティウの店へ。フーティウって春雨だと思ってたら、ビーフンだったね。ここでも米粉か。

行く途中、また旧正月の飾りつけを売っているお店にでくわす。本当にキラキラしてきれいなんだけど、赤の色を多用してるのは社会主義だから?と思ってしまう。
お店について、店員さんが色々聞いてきたが、英語が変なのでよくわからない。なのでメニューをみて一押しを雰囲気で悟る方式で頼む。骨付きのスープがつくようだ。そして食事がくる。期待以上の内容でびっくり。とても良い。骨付き肉がやわらかく、オプションの野菜も申し分ない。ライムを勝手にアイスティーに入れたけど、絶品ライムアイスティーになったよ(ホントは多分ダメなやつ)※別の店のものに勝手に入れてるから。
大満足で店を出てから散策する。なにやら市場的な雰囲気の街並み。そこかしこに野菜やら果物やらが売っている。食後のデザートを食べたくなったのでMIXUEに入る。ハノイやダナンでさんざん行ったソフトクリーム屋さん。1万ドン。チョコのミックスにしてみた。そしてその帰りに1万ドンのパンを買う。(日本に持って帰った)ベトナムのパンってなんか不思議。日本の高いパン屋さんのパンと、山崎のパンの中間くらいの感じ(触感、香その他)でも値段は手ごろだから、本当のベトナムの一般庶民の価格ってやはり日本の半分以下なんだなぁと思う。(前は1/4だったから値上がりはしたんだろうけど)さて…どうしようか…。最終日、荷造りなんかの時間を取るにしても、ホテルに帰るには時間が早すぎるからと、またローカルバスにのってホーチミンの南東の方角へ行ってみようとした。グーグルマップに記載のバス路線を調べ、その番号が来たら乗る。と…4台行ってしまった。そして、乗る人が多めの135番バスに、ほかの人と一緒に飛び乗る。乗ってすぐ、料金箱があったのだが、どうしていいのかわからず座ってしまった。すると、交差点で止まった時に運転手からめちゃ怒られる。おまけにその後ろの席にいたおばちゃんにも「あんた日本人?」と聞かれ、あきらかに”小娘”あつかいされる(被害妄想勃発中)携帯はしまえだの、料金は前払いだから忘れるななどと世話を焼かれ、居心地は最悪に。それでもなんだかわからない鉄の精神で(ここ大事)居座る。そしてバスは一路目的地へ…。いかないじゃん!いきなり変な道で曲がり、全然違う方向へ行くバス。しまった。やらかした。というかまあやらかすことも前提としてバスに乗っているわけだが(笑) そのおばちゃんがまた「あんたどこいくのさ」と聞いてきたので「間違えたようです」と濁し、バスを下車する。全然しらない場所。タクシー使うのもばからしいので何とか戻るバス路線へ向かう。その間、その街並みを観察…。コーヒーは12000ドンからある。これがデフォルトの値段だろうな。一般庶民の。ローカルカフェと変わらない値段。つまり…72円くらいが日本のドトールのコーヒー(ホット)と同等…つまり…1/4の値段。なるほどなぁ…。まあそういうことか。つまり、ベトナムの人の平均年収は約120万円(日本円換算)ということだ。色々観察しててくてくと歩く。1月とは言っても、午後2時前後は灼熱だ。真夏と変わらない。熱中症に気を付けていこう…。

1.5キロほど歩くとバス停があるようだ。何とかたどり着き、バスを待つ。するとほどなく、くる。今度のバスは7000ドンだった。また、キャバクラ通り(勝手に命名)を通ってホテルへ戻る。なんだかよくわからないが、ローカルバスもまた楽しい。もう経験することもないだろうけど。部屋へもどって少し荷造り、休憩ゴロゴロ。そして、夕食へ。
夕食は7年前のホーチミンへいくきっかけになった幸せボンビーガールの激安ベトナムツアーで行ってた鉄板のポークソテーが売りの店。大昔にグーグルマップに印をつけていたのを忘れていた。早速歩いていく(約2キロ)途中、コープマートがあったので寄る。おみやげのコーヒーを少しかう135000ドンほど。日本の半額くらいか。(オーソドックスなものなので)そして店に向かうが、門が閉まっている。何だ?店はないようだ。なぜ…。なるほど…。やってないのか。やはりコロナで閉店したお店は多い。ファニーというアイスクリーム屋も閉まっていた。困った…どうしよう?と歩いていたら、韓国料理店を発見、入る。ヤンニョムチキンとキンパのセットを頼む。なんか新大久保にいるようだがそれよりかは味は劣る。まあこんなものだ。でもご飯が食べれてよかった。とりあえずプチ満足して帰る。

またホテル…。パッキングして少し休んだらもう時間だった。早めにと思ってGrabを呼び、バイクに無理やりスーツケースも乗せてあぶなっかしい状態で(わざとやってるのだが)一路、タンソンニャット空港へ。途中、ビデオでとりながら、スーツケースを手で押さえながらいったので危なかった(笑)
なんでこんなにわざわざあぶなくすることが好きなのだろうか…。どきどきしたいからか。十分心臓はバクバクしてるけどね(適応障害(笑))ということで着くが周りに何もない。あとは歩けってことらしい(約2キロ)バイクの料金は49000ドンだったので2万ドンはスーツケース分としてチップを払い、空港へ向かおうとしたら、おじさんに「ここは違う」と言われ引き返す。見事にこの先空港があるのかわからない暗闇に放り出され、またグーグルを頼りにテクテクあるくと国内線のターミナルが見えてほっとした。そしてほどなく国際線。はぁよかった。
JALのチェックインを済ませる。なんかベトナム航空とタイアップしているようで、ベトナム航空の人が日本語で対応してくれた。なんか変だけどいいか…。私的には英語で対応してほしかったよ。(わがまま)オンラインチェックインが済んでいたので楽勝でスイスイ。もうLCCには二度と戻れません. きっと…LCC使うくらいなら海外旅行しないわ(笑)もう金も尽きたし(笑)
さてイミグレを通り、出発ロビー。あの7年前の光景と一緒で感動する。あの頃は、なぜか仕事を半分やらなければならず、遠隔で(テレワのはしり?)やりとりしてみたが、もうすぐ電波がきれて、やりとりできない状態になったと思った…。あー懐かしい。そしてそれから時はすぎ、その会社もやめてプータローになってるなんて誰も思わないだろうな(笑)へへへ。
自由だけど、金銭的に不自由なプー。はやく社会復帰せねばなぁ…(笑)
フライトは少し遅れていたが、20分未満だったので優秀だろうなぁ。また超心地いいシートで日本へ。日本は寒いだろうなぁ…。風邪ひかないようにしよう…。
ほぼ定刻で、羽田空港第三ターミナル到着。去年カンボジアに行ったときのことも思い出し、羽田発着が一番便利だと思う。成田もいいんだけど。

長く、それほど楽しくもなく…(ひどい言い方)そして、もう行くこともないなぁという旅が終わった。
合計で2022年から色々抱き続けて憧れた、東南アジアの旅(合計4回)これにて終わり。移住は無理だけど、非日常を味わいたいならこれがいいのかなぁ。
もっと心から楽しめるようになったら…お金を貯めて行こう。

最後の沈没旅…2024年1月、終了。
↑2024年の記事を2026年にあげるという体たらく… でも、マイペースで行きたい。明日はまた
ベトナムラオス旅(カンボジアが危険すぎるため、急遽旅程を全て変更、巡礼のような旅に出ます。)
題して、ベトラオぶらりバス旅お遍路さん巡礼、ついでに7世紀のプレアンコールワットの遺跡をみてきます。寺何軒いけるかなぁ。
